「買ってはいけない」の思い出(1)

 今回は思い出話を書こうと思う。

 

昔「買ってはいけない」という本がとても流行った。

身近な食べ物や日用品を名指しして、こんな成分が入っているから買うな!と煽り立てた本だ。

 

僕は小さい頃、読書が好きだった。だから親の知人の家に連れられていった時に、暇つぶしに机の上に置いてあった「買ってはいけない」を読んだ。

当時科学の知識など全く無かった僕は、難しい化学物質の名前が出てくるだけで賢そうな本だと思ったし、具体的な商品名をあげて批判しているこの本の文章はとても痛快に思えた。

確か帰る時間になっても本を離したがらないほどののめり込みようだったと思う。

 

家に帰ってからも僕は「買ってはいけない」のことが忘れられず、親と本屋に行ったときに関連本を買ってもらった。

それは「買ってはいけない買ってはいけない」というタイトルの、「買ってはいけない」に対する反論本だった。

 

ただ、反論本と言っても、必ずしも全てに反論しているわけではなかった。避妊具の「マイルーラ」を最悪の薬と書いて”買ってもいい度”星0つにしたり、ノンカロリーチョコレートの「ゼロ」が「入ってる化学物質には大した問題はないが、美味しくない」と一刀両断されたりと、結局買ってはいけない評価を下された商品もあった。

反論の仕方も、科学知識に拠るものだけでなく、実際に実験してみたもの、「カップラーメンを久々に食べたら学生時代を思い出して感慨深かった。だからカップヌードル買ってはいけないなんて言うな!」みたいな非常に感情的なものまであって、*1とても面白かった。

もう本は捨ててしまって手元にはないのだが、それでも15年以上前に読んだ本をこれほど思い出せることで当時の僕のハマりようがわかってもらえると思う。

 

なぜ当時あんなに興味を持ったのか、今になって疑問に思う。

きっと、子供向けの童話や昔話には出てこない、生の人間の言い争いが新鮮だったんだろう。

二冊の本を読んだことがきっかけで、疑似科学悪徳商法を調べることが半ば趣味になってしまった。

 

そんな「買ってはいけない買ってはいけない」の中に、僕が一番衝撃を受けた商品があった。

 

つづく

*1:ただし、これは正式な反論でなくコラムの中の文章だったと思う

アドブロック戦争の行く末を考える(4)

アドブロックが普及した世界はきっとディストピア

アドブロック戦争の行く末を考える(3) では今後アドブロックが普及していくことを予想した。

ではアドブロックが普及した場合、一体どういったことが起きるだろうか。

 

アドブロックを導入したユーザーにも確実に広告を見せられる方法が一つある。

コンテンツと広告を一体化させてしまうことだ。その究極がステルスマーケティングである。

記事として、写真として、広告を出してしまえば、アプリ側が除去するのは不可能である。

倫理的・法的に問題があるとされている手法ではあるが、「商品のレビュー記事」と「商品のステマ記事」を判別することは人間にも難しいのでバレにくい。

よって、アドブロックの普及に対抗してステルスマーケティングは更に広がっていくことが予測される。

 

広告代理店も、コンプライアンスを株主から求められない非上場の企業などが勢いを増していくのではないか。

つまりアドブロックがダメージを与えるのは比較的真っ当な企業で、無法者たちにはあくどい手法で回避されてしまうのだ。

 

流れは止められない

アドブロックをみんなが使うようになれば、ネットの未来は暗い。

しかし、アドブロックの普及の流れは誰にも止められないだろう。

テレビの世界では、2011年頃にレコーダーのCMカット機能が問題視され、姿を消した*1

これはテレビ業界において放送側の立場が強いからこそできた対策だといえる。

ネットにはそういう存在がいない。

”アドブロックブロック”などのアドブロック対策もあるが、インターネットの仕組み的に何を表示し何を表示しないかの主導権は見る側にある。最終的にはアドブロックの側が無効化してしまうだろう。

 

ここまで書いたが、これはあくまでも予想である。

インターネットの自由さがもたらす危機。一体現実はどうなっていくのか、注視していきたい。

 

 

アドブロック戦争の行く末を考える(3)

アドブロックに生まれてしまった”大義名分”

アドブロック戦争の行く末を考える(2)では問題があるサイト上の広告について考えた。

しかし、当然のことだがネットにあるのは問題があるサイトばかりではない。価値ある情報を発信し、広告という形で対価をもらうことは正当な経済活動と言える。そもそも広告の中に知りたい情報がある場合だってある。問題があるサイトは、そもそも見なければ済む話だ。

そういった事を総合的に考えると、広告は少々邪魔とはいえ、よほど他人が儲けることを嫌う人以外の大多数はアドブロックをわざわざ導入しないように思える。

 

だが、アドブロックを導入するメリットは他にもあるのだ。それは「広告を介しての不正な攻撃を遮断できる」という点である。

2014年6月には、ニコニコ動画でウイルスに感染する恐れがある広告が表示された*1

2015年9月には不正広告が約3000の大手サイトを汚染し、それらのサイトには50万人が訪れたことが確認された*2

誰もが見るような大手サイトの広告ですら汚染されているとなると、「見なければいい」ではもはや済まない。

アドブロックを利用すれば、こうした不正広告も他の広告と同様に遮断するので、間違いなくセキュリティの向上に寄与することになる。

 

誰だってウイルスに感染するリスクはできる限り減らしたいものだ。今後も不正な広告による攻撃は繰り返されるだろう。その際に「セキュリティ対策としてのアドブロック」という認識がSNS等を介して広く認知されていき、アドブロックの普及率が飛躍的に上昇するのではないかと僕は予想する。

アドブロック戦争の行く末を考える(2)

そもそもネット広告は野放図すぎる?

アドブロックの問題を考える前に、まずブロックの対象であるネット広告について考えなければならない。

 

 

我々が普通にウェブブラウジングしている時、広告は自然と目に入ってくるものである。

検索エンジンを使うと出てくるリスティング広告、大手サイトを見るとバナー広告、個人のブログを見れば楽天amazonアフィリエイトの広告etc...。当たり前のように我々は大量の広告を閲覧している。

 

ネット以外で我々が広告を見る機会として代表的なのはテレビだろう。テレビCMは日本の広告費全体の3割程度を占めている。*1

 

テレビ広告とネット広告を比較した時、あまりにもネットの広告は野放図すぎではないだろうか?

 

 

テレビにおいて、企業は問題がある番組のスポンサーをすることによるイメージの低下を恐れる。見る側にも、スポンサー企業は番組に対しある種の責任を持つという認識がある。

テレビドラマ「明日、ママがいない」の内容が問題となり、スポンサー全社が提供のクレジット表示を自粛したことは記憶に新しい。

視聴者側も以前の花王、最近ではDHCなど問題があるとされる番組のスポンサーをした企業に対し、不買運動を起こすことで抗議している。

 

対してネットはどうか。

有名な上場企業の広告が、問題のある*2サイトに載っているのを見たことがある人も多いのではないか。

例えば2ちゃんねるまとめブログは書き込みの著作権が現状微妙である*3が、そこへ広告を出すことに対するコンプライアンス上の問題、そしてイメージの低下はないのだろうか。

しかし我々広告を見る側も、ネット広告の場合は大きな問題と感じていないように思える。

 

この違いは一体なぜなのだろう。

問題のあるサイト←広告業者←広告元の企業という流れで、直接企業が広告を出してい訳ではないからだろうか? 

ネット広告の場合ターゲッティングにより、人によって見る広告が違う為、抗議する人々に集まりようが無いからだろうか? これは結構あるかもしれない。

それともテレビは公共の電波だからか?ではネットには公共性はないのだろうか。

 

 

結局企業側の考えは「テレビはテレビ、ネットはネット」という事なんだろうし、それを受け手側である我々も現状受け入れてしまっているが、冷静に考えるとおかしくないか?と僕は思う。

ネットは自由なもの、アングラな部分を含むもの、という世間の風潮を免罪符にしてしまっているような気がするのである。

 

*1:媒体別広告費|

http://www.admt.jp/library/statistics/ad_cost/media.html

*2:ここでの問題とは、思想的な問題、法的な問題どちらも含む

*3:2014年、2ちゃんねるの運営に内紛が起こり、新たに実質的な管理者となったジム・ワトキンスが書き込みの全面転載禁止(後に条件付き容認)を宣言。これに対し、前管理者の西村博之2ちゃんねるの書き込みを自動的にコピーし、転載容認とするサイト2ch.scを開設。現在のまとめブログの多くは2ch.scからの転載するかたちを取っている

アドブロック戦争の行く末を考える(1)

マスコミもまとめブログもほとんど伝えない、静かなる大戦争

あなたは"アドブロック"という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 

ネットを日常的に閲覧している人間なら殆どの人が「はい」と答えるのではないだろうか。

もちろん使ってるよ、という人も多いかもしれない。

 

アドブロックとは、ウェブサイト上の広告を消すアプリケーション、またはアドオン(ウェブブラウザの拡張機能)である。*1アドブロックはWindowsだけでなく、MaciOSandroidでも利用可能であり、簡単な設定だけで、ウェブサイト上の広告を"除去"することができる。

 

ロイター通信の調査によると、2016年、日本のアドブロック利用率は約10%。*2

 2013年の日本におけるインターネット広告費は、9381億円である*3

まだまだ右肩上がりの業界であろうから、現在は1兆円を超えているのではないか。

これら2つの数字を見ると、アドブロックの普及は、巨大産業に今現在起きている決して小さくない問題であるということがわかると思う。 

 

その割にはメディアでこの問題を取り上げられる機会が少なすぎないだろうか?

大手新聞が「アドブロックを使うべきではない!」という記事を書いたという話は聞いたことが無い。

2ちゃんねるではアドブロックを導入しよう!という話題で大量の書き込みがあることも多いが、

2ちゃんねるまとめブログはほとんどそれをまとめるということはしない。

 

これらの理由は当たり前のことだが、アドブロックという言葉の認知度が上がってしまえば

自分のサイトの広告の見られる量が減り、アフィリエイトの売上が減ることを知っているからである。

 

個人のブログ等を調べても広告を見せる側としてどう対処すべきか?という話かアドブロックの技術的な話を書いているものが多く、これからどうなっていくのかという内容のものは少ないように感じた。

そこで今回は、ネット広告とアドブロックの現状と未来について考えていきたいと思う。

 

 

*1:AdBlock,AdBlockPlus,μBlock,Adguardなど、様々な派生がある。総称としてコンテンツブロッカーという言葉もあるのだが、本記事では最も認知度の高い言葉であるアドブロックを使うことにする。

*2:

http://www.digitalnewsreport.org/

*3:

媒体別広告費|広告図書館 よりhttp://www.admt.jp/library/statistics/ad_cost/media.html

僕がブログを書かなければならない理由

僕は長年、世間の話題について自分なりの意見を持ちながら、誰にも伝えられずに毎日を過ごしてきた。

最近になってついに、それを発信せずに済ませていることに、耐えられなくなってしまった。

 

どうせ僕よりもっと賢い人が同じ事をもっとわかりやすく、具体的に世間に向けて書いているだろう。

でもそれは僕が何かを発信すべきではない理由ではないのだ。

もう誰かの文章を読んで、「これはすごい!」とか「これはおかしい!」とか、頭の中で考えるだけ考えて発信せずに終わるのは嫌なのだ。

 

間違ったことを書くかもしれない。それは指摘されたら真摯に謝訂正すれば良い。

僕の脳味噌が腐って、何も出てこなくなる前に。

 

 

 

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