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アドブロック戦争の行く末を考える(3)

アドブロックに生まれてしまった”大義名分”

アドブロック戦争の行く末を考える(2)では問題があるサイト上の広告について考えた。

しかし、当然のことだがネットにあるのは問題があるサイトばかりではない。価値ある情報を発信し、広告という形で対価をもらうことは正当な経済活動と言える。そもそも広告の中に知りたい情報がある場合だってある。問題があるサイトは、そもそも見なければ済む話だ。

そういった事を総合的に考えると、広告は少々邪魔とはいえ、よほど他人が儲けることを嫌う人以外の大多数はアドブロックをわざわざ導入しないように思える。

 

だが、アドブロックを導入するメリットは他にもあるのだ。それは「広告を介しての不正な攻撃を遮断できる」という点である。

2014年6月には、ニコニコ動画でウイルスに感染する恐れがある広告が表示された*1

2015年9月には不正広告が約3000の大手サイトを汚染し、それらのサイトには50万人が訪れたことが確認された*2

誰もが見るような大手サイトの広告ですら汚染されているとなると、「見なければいい」ではもはや済まない。

アドブロックを利用すれば、こうした不正広告も他の広告と同様に遮断するので、間違いなくセキュリティの向上に寄与することになる。

 

誰だってウイルスに感染するリスクはできる限り減らしたいものだ。今後も不正な広告による攻撃は繰り返されるだろう。その際に「セキュリティ対策としてのアドブロック」という認識がSNS等を介して広く認知されていき、アドブロックの普及率が飛躍的に上昇するのではないかと僕は予想する。